土佐(高知)の英雄 坂本龍馬さんお誕生日そして命日 太平洋を眺めて……

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坂本龍馬
1835~67(天保6年~慶応3)

幕末期の志士。

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土佐藩高知城下郷士
坂本八平の次男・母は幸子。

1853(嘉永6)
江戸に出て千葉周作の弟
定吉に剣道を学ぶ。

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翌年一時帰国し画家
河田小龍によって海外への目を開かれる。

再び江戸に出て水戸藩士らと交わり、’61(文久1)
には武市瑞山(たけちずいざん)
の土佐勤王党に参加して志士活動

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翌年3月に脱藩して江戸に出て,
勝海周(かいしゅう)の門に入る。

神戸海軍操練所設立など尽力。
’63<8月18日の政変>後
同操練所閉鎖に伴い薩摩に渡り
西郷隆盛を訪ね、また木戸孝允(たかよし)とも会い薩長の「和解」
・「連合」に努めた。

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薩摩藩の援助を得て<社中>
(亀山隊とも称す)をつくり
海運業に従事。

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’66慶応2)1月
薩長連合の盟約に立会う。
その直後、 寺田屋で幕使に襲われたが愛人お龍の機転に救われた。

同年の第2次長州戦争には
長州藩軍の指揮もしたが、主として
馬関や長崎にあって社中の物産活動を指導。

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翌年土佐藩より
”脱藩の罪“を罰せられ
社中も海援隊として藩公認の下で活動する。

土佐藩主「山内豊信」容堂を動かして幕府の大政奉還を実現し、
新政の構想たる『船中八策』の実現に尽力中11月15日

京都 近江屋で中岡慎太郎とともに
暗殺された。

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幕末の時代を駆け抜けた龍馬の思い
『日本の夜明けぜよ!』
我々はその思いに応えてゆくべき
ひとりひとりが希望の光りである。

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