【 香水物語 】
なんとなく眠れぬ夜。。
森 瑤子の物語を開く
沙羅双樹の花は、私の好きな花だが、
(さらそうじゅ)
【諸行無常の響きあり】で
その命は短い。
ふくいくとした南国の香りも、
枝を離れた瞬間、あとかたもなく
消えてしまう。
そして地に落ちた白い花は、
ひんやりとして冷たい。
沙羅双樹の花が散る頃、
ひっそりと息づいた黒い動物のような
夜が訪れ、私は眼覚める。
どこかで波の音がしている。。
─ 。
夜が深まり、
地鳴りのようなbongoの音が
高く速くなる。
それに誘われるように、私は部屋の外へ、
裸足のまま歩きだす。
星明かりしかない暗闇の中へ。
ホテルルームの前に植えてある
沙羅双樹の木から、また
白い花が音もなく散っていく。
途端に、私はたとえようもなく淋しくなって
自分の腕で自分を抱きしめる。
こんな思いは初めてだ。
いつだって自分自身に満足で、
自分だけで充実していたのに。
『 淋しい 』などという感覚ほど
私と無縁のものはなかったのに。
私は、私の美しい思い出を
小さなクリスタルボトルの中に
封じこめる。
私が愛してやまない香水。
【ナルシス・ノワール】
せつない南国の夜に一人咲く
黒水仙の匂い。