恋は『下心』愛は『慈悲』。
瀬戸内寂聴さん
恋は幾つになってもできます。
今、私は91ですけど、もし
100まで生きていたら、
100まで恋をすると思います。
だけど、みっともないから、いちいち
皆さんに報告はしない。
『恋』と『愛』は似ているようですけど、同じではない。
『恋』という文字は「心」が下にある。
ですから「下心」みたいなものよ。
(爆笑)
仏教では、
心が下にある『恋』のことを
「渇愛」といいます。
「渇」は渇くという意味で、
『喉が渇いた』というときの〈渇く〉
「 渇く愛 」ですね。
それは、いくら愛してもらっても
物足りない。
もっと愛してと無限に欲しがる、
相手に求める。
「恋」に対して「愛」という文字は
『 心 』という字が真ん中にある。
「愛」イコール 『 慈悲 』です。
慈悲深いという『慈悲』です。
『 慈悲 』は
自分を犠牲にしても相手のために尽くす愛です。
誰か自分のことを思ってくれる人がいると、心が豊かになります。
雨が降っても日が照っても
「あの人はどうしてるかな」
と思う人がいるだけで幸せなのに、
「あなたはどうしてますか?」
とかのメールがきたりすると、嬉しい
じゃないですか。
ですから
そういう程度の愛はあったほうがいいと思います。










